横浜に住む働く主婦の日常


by akicoms
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ハーフプライマリー

年末にヨガから遠ざかっていたため、年が明けてからも初心者クラスでお茶を濁し、ベーシック・・・じゃなくってハーフプライマリークラスはは怖がって参加していなかったのですが、重い腰を上げて行ってまいりました。先生は私の顔なんておぼえてやしないだろうと思っていたのですが、「ベーシックは久しぶりでしょ」って言われてばれてました。

ティップネスの中のクラス=ティップネスの会員しかこない=みなさんとても仲良しそうで、ヨガも上級者っぽくって、はじまる前は結構緊張していました。でもいざはじまると、できないものはできないものとして、それなりにちゃんと動けたし、マリーチアーサナCがアジャストしてもらって自分で組めたし、ヘッドスタンドも壁に足をつけながら初体験できたし、とてもとても充実した時間でした。

先生の言葉はいちいち深く頷けるものがあって、
「先生によって教え方が違うことに戸惑いはあるかもしれないけど、そのときそのときで自分にあっているものを取り入れていって、いらないものは捨てていけばいい。それでもそのとき捨てたものが時間がたつと必要なものになることもあるし、その逆もある。そうやって吸収していって成長していくものだし、そしてそのとき自分にあっていると感じるもの、あっていないと感じるものの原因が何なのか、自分に問い掛けてみるのも大事、そうすると自分が見えてくる」ということでした。感動。
「先生の言うことだから」って全てを受け入れなくてもいいんだ。
実は今までにもときどき先生の言うことに違和感を感じることがあって、違和感を感じる自分をネガティブにとらえてしまって「もっと心を大きく持たなくては!」ってプレッシャーをかけていたようなところがありました。今までも時々「いらないものは取り入れなくてもよい」って言われたことはあっても、あまり自分の中にすーっと入ってくることがなかったのだけど、今回はその後に続いた話にも膝を打ちっぱなしですんなり受け入れることができたのだと思います。

それで、教え方にも大きく2つあって、たとえばシッティングで前屈するアサナで前屈するときに、西洋的(○○派って言い方していたのに忘れちゃった、西洋的な整体学みたいなものがベースにあるようなニュアンス)な教え方の先生だと「骨盤はきちんと並行に保って前屈するのが大事」となるし、東洋的(エナジー派って言い方してた)な教え方の先生だと「たとえお尻が動いて骨盤がそろっていなくても、バンダのエネルギーでぐーっとあごをつけていくことが大事」という感じになるというようなことを説明してくれました。
私は多分西洋的な考えに違和感を持つタイプのようで、以前参加したクラスでもアルダ・バッダ・パドモッタナ・アーサナでみんなでがうまくできない(まず手で足をつかめない)のでどうにかできるようにしようと直前にストレッチを念入りにしてみたり、いろいろ試行錯誤でやってみるのだけど、そうそうみんながすぐできるようになるわけじゃないのに、できないことに対してかなり「どうして?」っていう雰囲気になってしまっていました。(そしてその原因を今すぐつきとめなければ!って感じ)私は別にそれでもかまわないし、練習を積んでいってバンダがわかるようになったらいつかはできるようになるんじゃないかなーって思っていて、他の方も「他の先生にはできないうちは無理しないで練習していつかできるようになるって言ってました」って言ったら「それじゃいつまでもできるようにならなくてつまらないじゃない?」という先生の言葉にうんうんと深く頷いている人も多くって、私としてはけっこうカルチャーショックで、以来悶々としていたりもしたのです。

でもとりあえず自分はなぜそう思うのかということを考えてみたら、一つの原因に突き当たりました。私は学生時代に弓道をやっていたのですが、やっぱり東洋思想の中で育ったものなので、丹田(ウディヤナバンダ?)なんて常に意識しろって言われていたし(できていたのかどうかは疑問)、天地左右に無限に伸びろだの言うし、他にも先輩OB曰く「人間工学的にはむちゃくちゃな」ことばっかり教本にには書いてありました。でもそれをけっこうすんなり受け入れて練習いていたのです。そして弓をひくのは的に中てることが目的ではあるのだけど、的に中てるために練習するのはよくなくって、とにかく正しい姿勢で正しい作法を身に付ければ、矢なんて自然と的に向かって中たるものなのだから絶対に「中て」に走ってはいけないものでした。無心でひたすら正しい作法を身につけることが第一だったのです。(もちろんそれは頭で考えていることで実際には「中てたい・・・」と絶えず思っていましたけどね、「アサナがうまくなりたい」と思ってしまうのと同様に)
だから、ヨガのレッスンでまずはじめにアサナが上手になるためにどうすればいいのかってうことを考えることはどうも受け入れ難く(もちろん家でテレビ見ながら股関節だけストレッチしたりはするけれど)、「無心に練習していればおのずとできるようになる」っていう考え方が基本になっているのです。もちろんやみくもに練習したってダメで、正しい練習の仕方っていうのは前提だけれども。そのための先生だし。

そういうわけで私には特ににそういう考え方がしみついてしまっているので、ストレスを感じながら受け入れる必要もないよな、と思ってすっきりいたしました。でもいつかそんな状態に物足りなくなったりする日が来るのかもしれないけど、そのときはまたその先生のところに行けばいいわけだしね。

ごたく並べてないで、とりあえず練習だ。
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by akicoms | 2006-02-02 13:10 | ヨガ